観光地紹介のあらまし

●頤和園

中国に現存する最大の王室公園であり、世界の最も有名な古典庭園の一つでもあり、市の中心部から約 15 キロ離れた海淀区に位置し、遼?金時代は王室の遊楽地であり、明?清時期に帝王の御苑となった。 1888 年、清朝の慈禧皇太后は海軍の軍費を流用して再建し、今の名称に改めた。同園は万寿山と昆明湖からなり、すべての建築が山と湖の形に基ずいて巧みに配置され、借景、造景の芸術も採用され、景色が変化に富んでいる。仏香閣、長廊、仁寿堂、十七孔橋、諧趣園、蘇州街、石坊が主な見所である。

●司馬台長城

 

 司馬台長城は、北京市内から北東に約120キロ離れた郊外に位置し、金山嶺長城や白龍潭風景区に隣接する。
明代からそのままの険しい姿と雄大さを残す長城で、勾配が急で、天梯(天へのぼるハシゴ)と呼ばれ有名である。
全長は19キロで、絶壁を延々と曲がりくねり東西に広がる。
城壁両側の上部の壁は防衛用の投石射撃用の窓、狙撃壁の向きもそれぞれ異なる。
東側には城楼が16ヵ所あり、さまざまな形をしている。
最も有名なのは第15楼「仙女楼」と第16楼の「望京楼」で、望京楼は最も高い場所にある。
勾配が最も急なのは、第14楼の「天梯」で85度あると言われている。
第18楼の「将軍楼」はすばらしい麒麟のレリーフがある。
現在は第12楼までしか見学できない。
長城のふもとには司馬台ダムがあり、湖でボートや釣りも楽しめる。

●明の十三陵

明代十三人の皇帝とその皇后が眠る墓。楼門を過ぎると、参道には皇帝の死後も権力を守り続ける象徴としての象、馬、駱駝、功臣官、文臣官、武将像など重厚な石像が並んでいます。一般公開されているものは定陵と長陵、昭陵。定陵は、第 14 代神宗万暦帝の陵墓で、中殿には漢白玉の王座、後殿には万暦帝と左右に2人の皇后の棺が安置されている。

北京市の西北約 40 キロメートル、天寿山の斜面に点在する明朝 13 代の皇帝、皇后、皇妃の墓陵で、第三代永楽帝は明王朝の始祖である太祖朱元璋(当時の都であった南京に孝陵を造った)にならい、やはり風水の思想にのっとって天寿山の南麓を自分の陵墓と定め、在位中の 1409 年から工事に着手し、 18 年という歳月をかけて巨大な陵墓を建造した。

●周口店北京原人遺跡

北京原人の古里は北京市房山区周口店村の西にある。 20 世紀の 20 年代に、中国の古人類学者は周口店の竜骨山の上で大昔の動物骨骼化石を多数発見し,とくに「北京人」の頭蓋骨化石の出土は全世界にあっと言わせた。 1987 年、ユネスコから世界文化遺産に指定された。

●雍和宮

清の康熙三十三年( 1694 年)に建てられ、胤(しめすへんに真)が皇子の時の府邸で、雍親王府と称された。雍正三年( 1725 年)に雍和宮に改められ、乾隆九年( 1744 年)にラマ廟が建立された。雍和宮は三つの牌坊と五棟の大殿からなり、その万福閣の白檀でつっくた立っている彌勒仏像は、地下の 8 メートルを含めて高さは 26 メートルあり、中国最大の木造仏像の一つである。 1993 年に「ギネスブック」に収録された。

●爨底下 

この村の住民殆どは明時代の初に山西省籍の韓姓の商売人だったそうです。
頭のいい方ばかりなので、あの時にも京城付近に異なる素敵なお庭を造りできました。
また韓村の韓は寒(貧乏意味もある)と言う文字と同じ発音で嫌なうちに、再びに爨底下と言う村名を付けて置きました。
爨は炊ぐと言う意味する文字でした。村民みんなの将来も燃える火のようなものになろうと祈ってきました。

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